私たちのイベント記録を眺めていると、行き先がだいたい決まっています。
屋久島。
阿蘇。
糸島。
福井。
吹上の洞穴。
小浜海岸。
城山。
くにの松原。
石神神社、新田神社、祇園神社、はやあきつひめ神社、瀬織津姫神社。
部屋の中でやればいいものを、わざわざ外に出ています。
なぜなのか、という話をします。
実際に行ってきた場所

| 年 | 行き先 |
|---|---|
| 2021 | 福井(Earthingワーク) |
| 2022 | 屋久島(聖域ボディリトリート)/糸島/小浜海岸(朝瞑想)/城山(瞑想会)/霧島(乗馬) |
| 2023 | 頴娃町 石神神社/川内 新田神社/宮崎 祇園神社/宮崎 はやあきつひめ神社・瀬織津姫神社/吹上 黒川洞穴/阿蘇/熊本 |
| 2024 | くにの松原キャンプ場(海辺の乗馬) |
| 2025 | 屋久島(感謝と再生)/霧島の森 |
| 2026 | 霧島の森(歩く瞑想会) |
海、山、川、滝、洞穴、神社、森、馬。
理由は、意識医学®の考え方そのものにあります

私たちのクレドの第3条に、こう書いてあります。
肉体と霊的なエネルギーの2つで自分があると理解します。
肉体・脳・潜在意識・魂、それぞれのレベルに合わせた統合療法で癒します。
人を、体だけでも、心だけでも見ない。
両方が同時に動く場所でないと、扱えないものがある、という考え方です。
部屋の中の瞑想でも、心は動きます。
でも、体が同時に動く場所は、部屋の中にはあまりありません。
冷たい川に足を入れる。
坂を登って息が上がる。
馬の背中で揺れる。
風で髪がぐしゃぐしゃになる。
このとき、体は否応なく「いま」に引き戻されます。
そして体が「いま」に来ると、なぜか、心のほうが先にほどけます。
実際に、そういうことが起きています
阿蘇のリトリートに参加された方が、こう書いてくださいました。
2日目の渓谷で川に入って水の流れに今まで嫌だった事辛かった事を全部流すように声を出した時に本当に清々しく今まで体験したことのない感覚でした。
自宅に戻った次の日は肩の力が抜けて今迄きつかったのがだいぶ楽になり、外見を変えてみたくなりました。
「声を出す」ことも、この方は川の中でやっています。
別の方は、こう書いています。
低い声を出さないと浄化されないよと言われ指導を受け高い声を発したら綺麗で透き通った声が出たので自分でもびっくりして感銘を受けました。
部屋の中で「大きな声を出してください」と言われても、たぶん出ません。
恥ずかしいからです。
川の音が全部かき消してくれる場所でなら、出せます。
自然は、雰囲気づくりのために使っているのではありません。
恥ずかしさの壁を、物理的に下げるために使っています。
馬に乗ると、何が起きるか
2024年、くにの松原キャンプ場で海辺の乗馬をしました。
参加された方の言葉です。
松林から海の方へ出たあの瞬間でした!
もうこれを待ってた!
と言わんばかりの景色が目の前に広がり、馬に乗っている感覚と波音、波しぶき全てが自分の描く最高のシチュエーションがそこに待っていたような気がしました
もうひとりの方は、こう書いています。
乗馬体験では松ぼっくり林から海に抜ける瞬間の開放感や、草を食べる音、ひづめの音、自然の音、ライアーの音、日常生活で聴き流してる音など、色んな音を楽しむ事ができました!
馬は、こちらの都合では動きません。
おやつを食べたがるし、進みたくないときは進みません。
思い通りにならないものと一緒にいる時間が、どうやら人の力を抜けさせるようです。
神社に行くのは、宗教だからではありません

2023年は、神社に多く行きました。
念のため書いておきますが、私たちは宗教団体ではありません。
特定の信仰を勧めることもしていません。
神社に行くのは、そこが何百年も人が手を合わせてきた場所だからです。
長いあいだ、たくさんの人が静かにしてきた場所には、静かにしやすい空気が残っています。
それを使わせてもらっている、というだけの話です。
部屋でやる会も、ちゃんとあります
とはいえ、全部を外でやっているわけではありません。
ライアー瞑想会は、多くがオンラインでした。
2022年だけで39回、画面越しにひらいています。
外に出られない時期でも、音だけで届くものはありました。
ライアーの最初の音を聞いただけで、涙がワーっと溢れてきました。
大事なのは場所そのものではなく、体と心が同時にゆるむ条件が、そこに揃っているかです。
森でも、海でも、自分の部屋の布団の上でも、揃うときは揃います。
ただ、揃いやすいのは、やっぱり外でした。
2026年8月、また森に行きます
歩く瞑想会が始まります。
霧島の森を、ただ歩きます。
歩きながら、瞑想します。
数千円の、小さな会です。


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